新宿 諏訪神社

境内案内

境内案内

塞神三柱の塔(新宿区登録有形民俗文化財)

塞神三柱の塔 天和二年(1682)に造立された舟形の石塔で、中央に「塞神三柱」、その右側に「諏訪上下大明神」および「正八幡大菩薩」、 また左側には「天(以下欠損のため不明)」および「稲荷大明神」と刻まれております。
また、その上方には右に月形、左に日形が彫られております。
塞神は、村の境や峠に祀られる、境界を守護する神とされ、石塔としては江戸時代に南関東地方を中心に盛んに造立されました。
諏訪神社の塞神塔は区内で唯一のもので、また、「塞神三柱」の文字が刻まれた例は少なく、大変貴重です。(新宿区教育委員会掲示板より)

明治天皇射的砲術天覧所阯(東京都指定史跡)

明治天皇射的砲術天覧所阯 明治十五年、諏訪の森近衛射的場が神社前に出来ました時、明治天皇の行幸があり、旧民社では稀なる栄に預かりました。 その節、畏くも天皇より神酒、鴨を賜り、氏子の歓喜、感激は大変なものでした。 その後、御社殿の屋根には菊の御紋を付ける様になり、又射的場にみえらえる各宮殿下には、皆当社の社殿にて御休息遊ばされました。
只今社殿に掲げてある神号額も小松宮彰仁親王殿下の御真筆であります。昭和十八年には当天覧所阯は東京都より行幸史跡に指定されました。

庚申塔(こうしんとう)

庚申塔 庚申塔は、庚申塚ともいい、中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てられた石塔のことです。 庚申塔の石形や彫られる神像、文字などはさまざまですが、申は干支で猿に例えられることから、「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿を彫り、 村の名前や庚申講員の氏名を記したものが多いです。 同様の理由で庚申の祭神が神道では猿田彦神とされ、猿田彦神が彫られることもあります。 庚申塔には街道沿いに置かれ、塔に道標を彫り付けられたものも多いです。

宮神輿庫

宮神輿庫 奈良県唐招提寺にある国宝の校倉を模して建てられました。 校倉造りといえば木造ですが、当宮神輿庫はコンクリートによる校倉造りであり大変珍しく貴重です。

諏訪の森(恋の森)

この諏訪神社一帯は歌人 在原業平夫婦が、お互いに道に迷いこのあたりで寝て夜明けを迎えるとお互いが近くにおり再会したとの伝承があります。

諏訪神社(『江戸名所図会』より)
諏訪の森

神楽殿

神楽殿 神道の神事、儀式において、神さまに奉納するための歌や舞を行う場所です。当社、夏の例大祭では里神楽が行われます。

手水舎(諏訪の霊泉)

手水舎 当社の境内より湧き出る水は、眼病、諸病に霊験有りとして、多くの人々がお水取りにみえました。 現在の手水舎の水も何百年も湧き出ている霊水です。

御嶽神社

御嶽神社 境内末社の一つである「御嶽さん」
ご祭神は、大物主命(オオモノヌシノミコト)、太玉命(フトタマノミコト)をおまつりしています。

稲荷神社

稲荷神社 境内末社の一つである「お稲荷さん」
ご祭神は、受保ノ神(ウケモチノカミ)をおまつりしています。

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